鎮国寺(仁王門)
587 237 ようこそ、宗像歴史観光ボランティアの会のホームページへ  
世界遺産のある町宗像を                    
      宗像歴史観光ボランティアの会のメンバーが案内します 
 
   
オリジナルガイドコース(コースの組み合わせは可能です)

 
  
選 択 3コース ガイド時間 ガイド料金
 鎮国寺(境内[+奥の院]) 1時間 2,000円
 G) 宗像大社辺津宮(境内)+鎮国寺(境内) 2時間 2,000円
 H) その他  H-1:赤間宿 H-2:山田地蔵尊 H-3:織幡神社 H-4:八所宮
        H-5:原町宿
 
各1時間 2,000円 
  ガイド料金 基本:お客様15名・2時間・2,000円(ガイド1名につき) 




 ガイドコースF【鎮国寺境内・奥の院】


仁王門

境内


奥の院

本堂(五仏堂)

     本堂内安置の佛様
左から 薬師如来 大日如来 釈迦如来
 由緒
 大同元年(806)空海(弘法大師)が開い
 たと伝えられる。空海が、無事唐に渡れたこ
 とを感謝し宗像大社に礼参した折、屏風山の
 岩窟(現在の奥の院)で修法を始めたところ
 「この地こそは鎮護国家の根本道場たるべき
 霊地」とのお告げを受けて一宇を建立したと
 いう。これが鎮国寺の由来と伝えられる。

    
           護摩堂
鎮国寺の花
鎮国寺には、たくさんの花が植えられており、訪れた方の目を楽しませています。
1月〜3月には梅、3月〜4月には40種類を超える桜・椿・つつじ・シャクナ
ゲ、5月〜7月はあじさい・ショウブ、7月〜8月は花蓮、8月〜10月彼岸花、
9月〜11月つわぶき、10月〜12月は紅葉です。
 

 ガイドコースG【宗像大社辺津宮境内+鎮国寺境内】
 
宗像大社辺津宮境内

このコースでは、宗像大社辺津宮境内と鎮国寺境内をご案内します。かつて、鎮国寺は宗像大社の神宮寺でした。中世神仏習合が進んで、1263年宗像大宮司長氏は当寺を宗像大社の神宮寺とし、寺領を寄進して堂舎を建立し、宗像神の本地仏をおきました。
これが現在本堂に安置されている、五仏(県の指定文化財)です。 

 
鎮国寺境内
 ガイドコースH【その他(赤間宿・山田地蔵尊・織幡神社・八所宮・原町】 
  





唐津街道むなかた赤間宿


H−1(赤間宿)
出光佐三の故郷、福岡県宗像市赤間は、旧唐津街
道赤間宿という宿場町です。赤間宿通りには佐三
が生まれた生家が現在も残っています。生家の近
くには、幼いころに佐三の姿を見て育った有志が
開設した佐三資料館の展示室もあります。

街道の駅赤馬館、出光佐三展示室発行パンフレッ
トより。唐津街道赤間宿として栄えた当時の様子
を交えながら、ガイドがご案内いたします。 

 
赤馬館

山田地蔵尊
H−2(山田地蔵尊)
戦国時代、宗像大社大宮司の跡取りを巡る政争が
起こり、側室の子であった氏貞を立てようとした
者たちの陰謀で、正室の菊姫と母堂及び、侍女4
人が惨殺されました。
その後、怨霊が出没するようになり、内紛をたく
らんだ者たちはたたられて死んだと伝えられてい
ます。
曹洞宗増福院は宗像大宮司氏雄の神護寺として在
った尼寺に鎮魂のため、6霊を合祀して六地蔵を
刻み、増福院と号して6女の霊を祀りました。そ
の後は怪異、変事も収まったと伝えらています。

福岡地域別探検 より
ガイドが山田騒動と増福院の歴史をご案内いたし
ます。 


織幡神社
H−3(織幡神社)
主祭神:武内大神(武内宿禰)
鎮座地:宗像市鐘崎224
社名「織幡」の由来:369年に神功皇后が宗像大
社に征新羅の神勅を給うとあり、鐘崎で赤白二流の
旗を織って、宗像大菩薩の御手長(竹竿)に付けた
ので織幡(おりはた)と名付けられたとされていま
す。

 神郡宗像 摂末社めぐり
      (H23年12月1日発行)より

 
 八所宮
H−4(八所宮)
八所宮は、自然創造の神六柱と日本国の始祖二柱を
お祀りしています。
八所宮の名は、この八柱の神を祀っているところか
らきています。
八所の神は「西海守護の神」で神武天皇御東征の折、
蔦ヶ嶽に姿を顕し赤馬に乗り人民を指揮して皇軍を
先導されたと伝えられており、このことからこの地
域一帯を「赤馬庄(あかまのしょう)」といい、ま
た良き所に留まり給うたが故にこの地を「吉留(よ
しどめ)」といいます。

八所宮社務所発行パンフレット より
八所宮の由来を含めガイドがその歴史をご案内いた
します。 


唐津街道原町宿

許斐山
H−5(原町)

赤間宿からつづく唐津街道のなかに、原町があります。

唐津街道は豊臣秀吉が朝鮮出兵の際に整備されたと伝
えられ、その後参勤交代の道として整備されました。

江戸時代後半に山岳信仰を中心とした庶民の旅行がブ
ームとなり、許斐山の登山口に当る原町の街道沿いに
宿泊施設や商家が建ち並び、南郷地区の商業の中心と
して大いに賑わいました。

古い街並みが良く保存されていて往時を偲ぶことがで
きます。